埼玉・朝霞の耳鼻科 さない耳鼻科クリニック 中耳炎治療、副鼻腔炎治療

さない耳鼻科クリニック新着情報

2019年4月26日

5月11日(土)5月25日(土)は休診いたします。

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何卒ご了承ください。

2008年9月30日

伊藤和也氏の死を悼む

 一人の若者が、異国の地で亡くなりました。私の胸は張り裂けんばかりに痛み、それはどうやっても癒す事はできないでしょう。
 遠く、過酷な風土の中で、一人の日本人が現地の方々のために身を賭して働いていた。それは日本人として、誇りにすべき事実です。エチオピアでも人道支援のために働いていた女性医師が誘拐されたとの報道がありました。日本人が世界中に出かけて、様々な活動を行っていることの証でもあると思います。しかし、私自身の思い出と重なって、いたたまれない思いが増して行くばかりです。
 その昔、はじめの大学を卒業したあと、自分が進むべき道が見いだせないまま、私は基礎研究の職をみつけてアフリカの地に旅立ちました。2年間、現地の方々とともに働きました。ウイルスの分離・同定のため病院を回り、資料を集め、アフリカ特有の病気の解明に少しでも役立ちたいと駆け回っていました。そんな日々の中から、自分が進むべき方向が次第に形をとって見えてきた事を思い出します。いつかはアフリカに帰ろう、と想いつつ年齢を重ね、親や、家族や、患者さんや、いろいろなものを背負うようになって、いろいろな出会いがあって、結局私は今、この朝霞で医者としての最後を締めくくろう、と決心しています。しかし、志半ばで倒れた伊藤氏を思うと、彼にはどんな人生があったんだろう、これからどんな出会いがあったんだろう、彼がアフガンで何をみつけたんだろう、と、無念な気持ちが頭をよぎって仕方ありません。
 彼を殺害した犯人が、元々アフガニスタンの難民で、パキスタンのハリプールにある難民キャンプで暮らしていた,という報道にも、驚きました。私は、父の仕事のため、10歳の頃、ハリプールで暮らしていたのです。過酷な風土でした。日中の屋外の気温は50度に達する事もありました。ちょうど、印パ戦争が勃発する直前でした。アフガニスタンとの国境には、銃を構えた兵士が立ち、子供心にも,何か緊迫した雰囲気を感じていました。温暖な日本の風土の中で、穏やかに暮らしている私たちには想像できないような、民族の対立、生活の厳しさ、宗教上の戒律、諸々の問題がその頃から、ずーっと続いているんだなあ、と思うと、一つの断面だけを報道から知るだけでは、この事件の背景にある奥深さは計り知れないと感じています。
 異国の地で散った、若い,誠実な志に、心から哀悼の気持ちを捧げるとともに、心からの尊敬の念を捧げます。きっとアフガンの人たちの心の中に、彼は何かの種をまいてくれたと信じます。どうぞ安らかに。

2008年8月13日

i-podデビュー と 一人の世界

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生まれて数十年にして、はじめて携帯音楽プレーヤーなるもので音楽を聴いてみました。衝撃的でした。
 何が? 
 一つは音響の素晴らしさ。まるで自分が異次元の世界にいるようで、電車に乗っているときも、歩いているときも、家事をしているときも、心地よい音楽に身を委ね、その日の憂さを忘れてしまい、夢ごこちの至福のときを味わいました。しかし・・・・。いつのまにかやめてしまいました。
 なぜ?
 怖くなったのです。音楽を聴いている時、その音楽の世界に入り込んでしまうと、自分と外界が全く隔絶されてしまい、目の前を行き過ぎる人々や、店先の商品や、木々の緑の変化や、子供たちの笑顔が、自分とは全く関係のないただの背景として後退してしまい、私だけが今存在しているような、妙な感覚にとらわれてしまったのです。
 町で、乗り物の中で、見回せば多くの方たちがイヤーホーンやヘッドホーンをつけて何かに聞入っています。でも、その人たちは、眼の前にいる私たちには、何の興味もなく、その存在さえも認識していないかもしれない。満員の電車の中で、リュックが触れて迷惑そうにしている後ろのおばさんや、出口に立たれてイライラしている降車中のおじさんなんか、気にもならないかもしれない。みんなが自分一人の世界に浸っている公共の場、なんて、なんだかとっても恐ろしい。
 
 いかにも年寄りくさい雑感を、久しぶりのブログで書いてしまいましたが、
院長は夏期休業中に、京都の某所にこもって、ずっとデッサン修行をしていました。一人の世界に浸るなら、浸るべき場所で、というのが、年寄りの素直な気持ちです。町中で、クリニックの中で、人と人とが交わる場所では、おおいに語り、周りの人間の表情から、行動から、世の中を覗き見、移り変わる自然の色合いに季節と時の流れを自覚する。そんな生活を続けて行きたいものです。
 長い間、ブログをお休みしました。院長も、人間ですから、たまには落ち込んでなかなか立ち直れない事もあります。久しぶりに絵を描いて、気持ちの余裕を取り戻しました。朝霞の方たちのために、耳鼻科の病気で困っていらっしゃる方々のために、気持ちを新たに頑張ります。

2008年4月17日

後期高齢者医療制度、特定健診、フィブリン糊

 このところ、医療に関する様々な話題が新聞やテレビを賑わせています。が、院長にとっては腹立たしい事ばかりです。厚生労働省や舛添大臣のいい加減さ、パフォーマンスを優先させる態度に、末端で身を粉にして働いている医療従事者の日々の努力を踏みにじられる思いです。
 まず、後期高齢者の問題。4月1日に新しい保険証が届いていない方が多数おられる事を受けて、舛添大臣は、「保険証がなくても年齢が証明されれば古い保険証で受診してよい。そのように医療機関に通達する。」と、テレビの中で断言していましたが、埼玉県朝霞市の保険医療機関、さない耳鼻科クリニック(院長は日本医師会会員、朝霞地区医師会所属)には何の連絡もありませんでした。お年寄りの中にも医療費が3割負担のかたもいらっしゃる訳で、仮に、保険証がなくて年齢だけをみて1割だけご負担いただいて、その方が1度の来院で軽快されてしまった場合、残りの2割はどこに請求すれば良いのでしょう? 「新しい保険証がなくても、医療機関を受診してよい」という公文書の記載は、少なくとも院長の眼には触れていません。また、保険証が届くまで、のどが痛いのを我慢されて、病状を悪化させてしまった方もいらっしゃいました。
 次に特定健診。報道では、「4月から開始された」とありますが、少なくとも朝霞市ではまだ何も始まっていませんし、料金がようやく決まったという段階で、実施時期は7月から11月が予定されているだけです。さない耳鼻科クリニックでも実施できるよう申請していますが、データの電子化処理をどこに委託するか医師会全体で交渉中という事で、具体的に何も始まっていません。こういった細部をきちんとつめていない段階で、華々しく報道させてしまう事に、末端で働くものとしては苦々しい思いです。
 最後に、非加熱のフィブリン糊とC型肝炎ウイルス感染の問題です。現在、日本国内で行われている多くの耳の手術では、加熱され、ウイルス粒子をフィルターで濾過した生体接着製剤(別名フィブリン糊、製品名はボルヒール等)が使われています。しかし、薬害肝炎ウイルス感染で問題になっている製品(旧ミドリ十字製、1988までに製造されたもの)とは全く別物で、製造された年代も異なります。それなのに、厚生労働省は、問題になっている製品の説明を詳しく行わず、「フィブリン糊」という名称だけを用い、対象となる製品が納入された医療機関名を各新聞の数ページを使って大々的に発表しました。製品の詳細は、心ある新聞の紙面に小文字で記載されていました。おそらく、患者さんたちは、しないでよい心配をし、パニック状態に陥っていらっしゃる方もあるかもしれません。現在対象となっている製品名は下記URLに記載されています。
  http://www.pmda.go.jp/kenkouhigai/c-kanen.html
おそらく日本の医薬行政のトップにいる舛添大臣は、フィブリン糊と呼ばれて現在使われている、より安全な製品がある事を知らないのではないでしょうか?
 一つのいい加減な発言や、発表が引き起こすだろう波紋を熟慮するより、自己弁護的なパフォーマンスを優先させる舛添大臣や、厚生労働省、ひいては今の政府に強く抗議します。「国の機関の発言」の重さを彼らは理解しているのでしょうか?

今日は、佐内院長怒りの発言です。

2008年3月31日

四谷の桜

sakura

昨日、四谷の土手で桜をみてきました。上智大学脇にある桜並木です。院長は、青春時代から何かことあるごとにこの桜に語りかけてきました。きっと、春には、自分の人生に大きな転機が訪れる事が多いからでしょう。
 初めての大学受験に失敗して、暗い思いで歩いたのもこの土手。翌年、希望の大学に入ったけれど、その先何をやってよいのかわからなくなって留年し、絶望の淵をさまよったときも、毎日ここにきては自問自答を繰り返しました。初めてのボーイフレンド(?)と歩いたのもこの土手。アフリカで餓えて死んで行く子供たちを実際にみて、医学部受験を決意したのもここ。受け持ちの患者さんが亡くなって、どこに怒りを向けてよいかわからなくなったときもここに来ました。息子が生まれたとき、子育てに迷った時、母が亡くなった時。開業を決意したのも、2年前の春、ここでした。
 朝霞で開業してもうじき9ヶ月。今、さない耳鼻科クリニックはようやく医院としては軌道に乗ってきました。花粉の時期には、1日に100人近くの方々が来院され、なんとかそれぞれの方達の医療に対するご希望をつかもうと努力してきたつもりです。が、来院患者数が増えれば、待ち時間は長くなり、お一人お一人に割ける時間も限られてきます。耳鼻科として、どんなスタンスで診療を続けて行くのか、ここで、もういちど見直す必要があると思っています。
 花粉も下火になり、風邪の子供たちも良くなってきて来院人数が減り、今日は久しぶりにゆったりとした診察ができました。2年前に開業を決意したときの初心を思い出して、どんな小さな事もおざなりにしない、丁寧な診療を心がけようと改めて自分自身に言い聞かせています。

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